fc2ブログ

東日本震災の今を訪ねて(後編)

 こんにちは! のぼうです。

南三陸
 東北震災の今を訪ねて、二日目です。
 今日は、まず南三陸町を目指して車を走らせます。

DSC_1792.jpg
 今の南三陸町の町並みです。
 僅かに残った建物も撤去されており、町全体がなくなっています。
 赤い建物(鉄骨のみですが)は南三陸町役場防災対策庁舎です。

DSC_1790.jpg
 HPから拝借しました。
「南三陸町の津波による死者数は566名、行方不明者数が310名(12月28日現在)にも上った。
 住民の大多数が「地震の後には津波」との意識が高かった地域でありながらこんなにも多くの犠牲者が出てしまった。防災対策庁舎では繰り返し「高台へ非難してください」と防災無線で呼びかけ続けていたが、まさかその3階建て庁舎屋上を2mも上回るとんでもない津波が襲ってくるとは、高台に避難していた人たちさえ目を疑ったことだった。」
 

DSC_1820_20180510191433c0b.jpg
 南三陸さんさん商店街から望む防災庁舎です。(手前の写真は震災直後です。)
 この防災庁舎では、役場の危機管理担当の方々など40数名がいましたが、津波はこの3階建ての庁舎を2mも超えて襲ってきたそうです。次々と人が流されていき、屋上に残った人たちも一生懸命手すりにしがみついていましたが、手すりごと流されたそうです。助かったのは僅かに8名だけ(後に流された1名も生存を確認)、鉄塔にしがみついた方と非常階段にしがみついた方々が助かったそうです。

DSC_1809.jpg
 現在位置とあるのは、南三陸さんさん商店街があるところです。(防災庁舎は川向かいです。)
 
DSC_1808.jpg
 震災直後です。3階建ての防災庁舎があんな状況なので、民家の殆どは流されたそうです。

DSC_1798_20180510191423b15.jpg

DSC_1802_201805101914242bb.jpg
 海に近いところへ展望台があったので登ってみました。
 防潮堤や土地のかさ上げの工事が今も続いています。というより、まだまだ続きます。

DSC_1795.jpg
 休日なので作業もお休みだったのでしょうか。
 重機もつかの間の休日に身体を休めているようでした。

DSC_1813.jpg

DSC_1811_20180510191429901.jpg
 南三陸さんさん商店街です。
 プレハブっぽい建物での仮営業だと思いますが、昼時には多くの訪問客で賑わっていました。
 のぼうも、しっかり買い物しましたよ!(酒の肴ばかりですが・・・。)

DSC_1818.jpg
 在りし日の南三陸町、復興まではまだまだ時間が掛かりそうです。

 三陸さんさん商店街で昼食を済ませて、次の目的地である大川小学校跡地に向かいます。





DSC_1862.jpg
 大川小学校は跡地です。今も当時の状況のまま残されています。
 当時の状況について、HPから拝借しました。
 「2011年3月11日午後2時46分の大地震直後、石巻市大川小学校の生徒たちは、担任教諭に率いられて校舎から校庭へ移動。その時既に保護者の迎えの車が5~6台到着していた。2時52分、高さ6mの大津波警報発令。クラス担任が生徒全員の点呼を取った後、校舎内はガラスが飛散して危なく、裏山は急斜面で足場が悪いので、200m西側の新北上大橋のたもとにある小高い所を避難場所として目指す事になった。教諭たちに率いられて小学校生徒たちは列をつくって校庭から山際沿いに出た。その直後、ゴーと恐ろしい音がした。北上川から溢れ出た巨大な津波が全域を襲い、生徒たちは、列の前方から波に飲み込まれた。後列の教師と生徒たちは、裏山を駆け上り、数人は助かった。その大津波は2階建ての校舎の屋根を乗り越え、高さ10mまで遡上。この日、学校長は不在。追波湾(おっぱわん)北上川河口から4km離れた大川小学校。その付近の釜谷(かまや)地区住民の4割189名が、この大津波で死亡した。「まさか、こんな所まで津波が押し寄せるとは、思いもしなかった」と、生き残った教諭は震災後、詳しい状況を話した。」

DSC_1846_20180510191435df1.jpg
 これは大川小学校に展示されてたものです。
 小学校の位置関係と子供達の動きが分かります。
 実際に現地に行ってみると、大川小学校をはじめ、この地区は川土手より低い状況にありました。
 先生に先導された”新北上大橋のたもとにある小高い所”は確かに学校よりは高い位置にありましたが、津波はこの小高い所も飲み込んでいきました。

DSC_1847.jpg
DSC_1849.jpg
DSC_1850.jpg
 2階建ての学校庁舎は全て津波に飲まれました。

DSC_1854_20180510191441123.jpg

DSC_1856.jpg
 上の画像は校庭裏の山です。
 左端にある白い看板は、ここまで津波が来たという印です。
 下の画像は体育館裏の山と登り口です。
 シイタケ栽培の体験学習で児童達も登ったことがあるそうです。

 ここで「宮城県石巻市大川小学校生徒108人中68名死亡、6名行方不明。11名の教諭の内9名死亡、1名行方不明。」となったそうです。
 今裁判で管理責任を問われている状況にあり、その是非に言及するつもりはありません。
 ただ、結果として、多くの児童と教員が一瞬にして流された事実は間違いありません。
 
 訪ねたその日は強風注意報が出ていましたが、この大川小学校へ来たときに急に風が強くなりました。プレッシャーというよりは、何かが胸をつかんでいるような感覚があり、周囲に人が居たから良かったものの、昼間でも独りでは居られない、そう感じました。 ただただ、亡くなられた方のご冥福を祈ることしかできませんが、涙が止まらなくて・・・。

 正直、逃げるように大川小学校を後にしました。

 仙台までの帰路、海岸線を抜けて帰りましたが、至る所で防潮堤や土地のかさ上げの工事が現在進行形、というより完成している方が少ない?感じでした。

 夕方には仙台から東北新幹線に乗り、東京へ戻りました。

 僅か2日間、それも宮城県の一部を見ただけですが、東北震災の凄まじさ、被害の大きさ、そしてまだまだ復興まで相当の時間を要すること。(そもそも建物を建てれば復興という訳ではありませんが)を直に感じることができました。


 最後に、あらためて亡くなられた多くの方々のご冥福を、被害を受けられた方々の生活が一日も早く再建されますよう祈念してこの記事を終えます。
 
 最後まで見ていただきありがとうございました。
 

 

  

スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

ステッカーありがとうございます

無事カエルステッカー、ありがとうございました!大事に使わせていただきます。
故郷を離れてしばらくたちますが、自分に流れているのは東北人の血だな、といつも思います。仔細なお写真、懐かしく、また現状も見られて、色々考えさせられました。私も帰りたいです!

ご利益ありますように

 ざき・やまさん、コメントありがとうございます。
 これまで映像でしか東北震災を見ていませんでした。
 どこか、実感が湧かなくて、遠い国の出来事のようなイメージがありましたが、今回、ほんの一部ですが回ってみて、身近で起こったことだと実感しました。
 無事かえるステッカー、ご利益ありますように。
プロフィール

のぼう

Author:のぼう
のぼうは、広島県広島市在住の親父ライダーです。
Vストローム650XT、ハンターカブCT125、XTZ125(中華製)を駆って、もっぱら中国・四国地方を走っています。有名でないけど景色の良いところ、走って楽しい道、美味しいランチを紹介できればと思います。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
05 | 2022/06 | 07
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
ブロとも一覧

微妙に遅いライダー 巨神兵のプリンはいかがですかな?

ムルティで行くキャンプツーリング・テゲテゲ日記

ときには星の下で眠る

バイクと日々の出来事・・・

しんのじの備忘録

あどべんちゃんわーるど GT
訪問者数