えっ、またですか? 島根親父3人旅
こんにちは! のぼうです。
久しぶりの更新になってしまいました。
実は、7月末の小豆島訪問の帰路、あまりの暑さに熱中症? 流れるような汗、汗、汗、少し気分が悪くなるも、なんとか帰宅しましたが、その後、当分の間体調優れず、また8月の異様な暑さにバイクに乗る気にならず・・・まあ、早い話、ネタが尽きた訳でして・・・長い言い訳になってしまいました。(反省)
さて、今回は、体調も回復した8月最後の日曜日のこと、コロナ禍で中断していた田舎の盟友との山陰・島根ドライブです。
今回は日帰りで島根県江津、浜田方面に行ってきました。

朝、山県郡北広島町有田にある道の駅 舞ロードIC千代田に集合です。
ここから、のぼうの愛車で出発です!

今回のメンバー、山さん(向かって左)、プディングさん(同右)です。 高校以来の友人です。(お久しぶり!)
画像は、島根県邑智郡江津市桜江町鹿賀にある観音滝です。
実は、ここでちょっと失敗・・・滝を裏から見ることが出来るんよと二人を案内したところ、「あれっ?」
どう見ても滝の裏側には回れそうにない(冷汗)
どうにも島根県雲南市掛合町松笠にある「龍頭ヶ滝」と勘違いしてしまったようで、いよいよボケ老人の仲間入り! と深く反省。
ところで、話は道の駅のこと、プディングさん、のぼう号を見て、「あれっ、このタイヤ(左後輪)、ちょっと空気が少なくない?」。 確かに他の3本に比べて少し少ない、でも走れない程じゃないかなと思い、出発!
さて、観音滝を後にして昼食に向かっていましたが、道の駅でのプディングさんの言葉が気になり、途中、島根県江津市桜江町谷住郷にあるapollostation セルフ桜江SSに立ち寄って、タイヤを点検してみると・・・出発したときより、更に空気が減っている?

ビスが刺さってた!(爆)
幸い給油所なので、「日曜日だから、フルでやってないのよね」と渋るおじさんに頼み込み・・・。

修理して貰いました。(おじさん、ありがとう! apolloステーションは最高です。)
ところで、いまどきパンクなんてなかなかしないですよね。
のぼうも、覚えている限り、過去に1度・・・・
写真データを遡ってみると、ありました平成30年6月に島根半島で車がパンクしていました。(→美保関親父旅)
いやぁ~5年振りかと思っていたら、その時のメンバー・・・やっぱり、山さんとプディングさんじゃあないですか!
これは何かの因縁か! (密かに怪しいと思ってる。)
とりあえずこの二人とドライブするときはパンクに気を付けておこう。(笑)

昼食にやって来たのは、島根県江津市松川町市村にある”やま茶屋”さんです。


店内は静かで落ち着いた雰囲気です。


注文したのは3人共”やま茶屋定食”(@1,100)です。
やま茶屋さん、質もさることながら量も多いのです。(ジャンボ定食は目を見張りますよ。)
おっさんには、これくらいの量が丁度良いです。(でも山さん食べきれず、食が細くなったねぇ)

やま茶屋を後にしてやって来たのは、島根県江津市有福温泉町にある有福温泉です。
ここには3軒の銭湯があります。
二人に熱いのとそうでないの、どっちがよい?と聞いたところ”ぬるい方”との返信、と言うわけでチョイスしたのは・・・


”やよい湯”さん、どうも無人で運営されているようで、外扉を開けたところにある料金箱に料金(@400)を入れます。
注意書きにシャワーがありませんとのこと。まあ、湯治の温泉なら珍しくないと思い入っていくと・・・
脱衣所がない!
狭い階段を降りていくと降りたところの先には浴室へ入るための引き戸が・・・あれっと思って右横をみると、小さい更衣ロッカーがおいてありました。 どうも、階段そのものが脱衣所になっているようで、おっさん3人、狭い階段で服を脱ぐことに・・・。
シャワーがないのは仕方ない
でも脱衣所は欲しいなぁ。

浴槽は、おっさん3人で満員御礼、久しぶりに肌と肌が触れあうスキンシップ!(笑)
早々に温泉から退散し、島根県浜田市原井町にある”はまだお魚市場”に立ち寄り、物色するも既に殆どのお魚屋さんは閉店・・・。(画像なし)

偶然見掛けた看板に誘われてやって来た島根県浜田市松原町にある”会津屋八右衛門の碑”です。
HPから拝借
「八右衛門は寛政十年(1798年)現在の浜田市松原町に生まれ、廻船一艘を持つ直乗船頭でした。
当時の浜田藩の慢性的な財政難に苦しんでおり、会津屋八右衛門は窮迫した浜田藩の財政に寄与するため、当時禁止されていた海外密航を企て、朝鮮・中国等にも交易を進めるようになりました。これにより八右衛門は巨利を得、浜田藩にも莫大な献上金を納め、藩財政の確立に大いに役立ちました。
しかし、天保7年(1836年)夏、薩摩藩の密貿易を内定するため山陰道を通った間宮林蔵に感づかれ、大阪西町奉行の探索によって摘発され、捕らわれて江戸で死罪となったそうです。」
壮絶な人生を歩まれたようです。
さて、ここから帰路につき道の駅舞ロードIC千代田で解散です。
お疲れ様でした。 お互いに還暦を過ぎましたが、これからも元気で遊んでやってくださいね。
親父の備忘録ブログにご訪問いただきありがとうございました。
久しぶりの更新になってしまいました。
実は、7月末の小豆島訪問の帰路、あまりの暑さに熱中症? 流れるような汗、汗、汗、少し気分が悪くなるも、なんとか帰宅しましたが、その後、当分の間体調優れず、また8月の異様な暑さにバイクに乗る気にならず・・・まあ、早い話、ネタが尽きた訳でして・・・長い言い訳になってしまいました。(反省)
さて、今回は、体調も回復した8月最後の日曜日のこと、コロナ禍で中断していた田舎の盟友との山陰・島根ドライブです。
今回は日帰りで島根県江津、浜田方面に行ってきました。

朝、山県郡北広島町有田にある道の駅 舞ロードIC千代田に集合です。
ここから、のぼうの愛車で出発です!

今回のメンバー、山さん(向かって左)、プディングさん(同右)です。 高校以来の友人です。(お久しぶり!)
画像は、島根県邑智郡江津市桜江町鹿賀にある観音滝です。
実は、ここでちょっと失敗・・・滝を裏から見ることが出来るんよと二人を案内したところ、「あれっ?」
どう見ても滝の裏側には回れそうにない(冷汗)
どうにも島根県雲南市掛合町松笠にある「龍頭ヶ滝」と勘違いしてしまったようで、いよいよボケ老人の仲間入り! と深く反省。
ところで、話は道の駅のこと、プディングさん、のぼう号を見て、「あれっ、このタイヤ(左後輪)、ちょっと空気が少なくない?」。 確かに他の3本に比べて少し少ない、でも走れない程じゃないかなと思い、出発!
さて、観音滝を後にして昼食に向かっていましたが、道の駅でのプディングさんの言葉が気になり、途中、島根県江津市桜江町谷住郷にあるapollostation セルフ桜江SSに立ち寄って、タイヤを点検してみると・・・出発したときより、更に空気が減っている?

ビスが刺さってた!(爆)
幸い給油所なので、「日曜日だから、フルでやってないのよね」と渋るおじさんに頼み込み・・・。

修理して貰いました。(おじさん、ありがとう! apolloステーションは最高です。)
ところで、いまどきパンクなんてなかなかしないですよね。
のぼうも、覚えている限り、過去に1度・・・・
写真データを遡ってみると、ありました平成30年6月に島根半島で車がパンクしていました。(→美保関親父旅)
いやぁ~5年振りかと思っていたら、その時のメンバー・・・やっぱり、山さんとプディングさんじゃあないですか!
これは何かの因縁か! (密かに怪しいと思ってる。)
とりあえずこの二人とドライブするときはパンクに気を付けておこう。(笑)

昼食にやって来たのは、島根県江津市松川町市村にある”やま茶屋”さんです。


店内は静かで落ち着いた雰囲気です。


注文したのは3人共”やま茶屋定食”(@1,100)です。
やま茶屋さん、質もさることながら量も多いのです。(ジャンボ定食は目を見張りますよ。)
おっさんには、これくらいの量が丁度良いです。(でも山さん食べきれず、食が細くなったねぇ)

やま茶屋を後にしてやって来たのは、島根県江津市有福温泉町にある有福温泉です。
ここには3軒の銭湯があります。
二人に熱いのとそうでないの、どっちがよい?と聞いたところ”ぬるい方”との返信、と言うわけでチョイスしたのは・・・


”やよい湯”さん、どうも無人で運営されているようで、外扉を開けたところにある料金箱に料金(@400)を入れます。
注意書きにシャワーがありませんとのこと。まあ、湯治の温泉なら珍しくないと思い入っていくと・・・
脱衣所がない!
狭い階段を降りていくと降りたところの先には浴室へ入るための引き戸が・・・あれっと思って右横をみると、小さい更衣ロッカーがおいてありました。 どうも、階段そのものが脱衣所になっているようで、おっさん3人、狭い階段で服を脱ぐことに・・・。
シャワーがないのは仕方ない
でも脱衣所は欲しいなぁ。

浴槽は、おっさん3人で満員御礼、久しぶりに肌と肌が触れあうスキンシップ!(笑)
早々に温泉から退散し、島根県浜田市原井町にある”はまだお魚市場”に立ち寄り、物色するも既に殆どのお魚屋さんは閉店・・・。(画像なし)

偶然見掛けた看板に誘われてやって来た島根県浜田市松原町にある”会津屋八右衛門の碑”です。
HPから拝借
「八右衛門は寛政十年(1798年)現在の浜田市松原町に生まれ、廻船一艘を持つ直乗船頭でした。
当時の浜田藩の慢性的な財政難に苦しんでおり、会津屋八右衛門は窮迫した浜田藩の財政に寄与するため、当時禁止されていた海外密航を企て、朝鮮・中国等にも交易を進めるようになりました。これにより八右衛門は巨利を得、浜田藩にも莫大な献上金を納め、藩財政の確立に大いに役立ちました。
しかし、天保7年(1836年)夏、薩摩藩の密貿易を内定するため山陰道を通った間宮林蔵に感づかれ、大阪西町奉行の探索によって摘発され、捕らわれて江戸で死罪となったそうです。」
壮絶な人生を歩まれたようです。
さて、ここから帰路につき道の駅舞ロードIC千代田で解散です。
お疲れ様でした。 お互いに還暦を過ぎましたが、これからも元気で遊んでやってくださいね。
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