春のぶらりカブ旅 ~阿蘇・熊本(前編)~
こんにちは! のぼうです。
広島(南部)では桜が8分咲きから満開というところでしょうか。
この週末に天気が良ければ、桜巡りも良いなぁと空を仰いで思案しているところです。
さて、ちょっと前になりますが、3月18日(土)から20日(月)の2泊3日で、愛媛三崎港から大分佐賀関経由で九州阿蘇・熊本に行ってきました。

3月18日(土)、いつもなら忠海港7時30分発フェリーを利用しているのですが、この日は前日夜からの雨がまだ残っていたので
1便遅らせて、8時30分のフェリーで大三島盛港に渡ることに。 カッパを着込んで出発しました。


忠海港の待合所です。 年々しかし続けており、小洒落た建物になっています。
下の画像は、待合所全景と標高266mの黒滝山です。
黒滝山には観音堂や33体の石仏があり登山遊歩道が整備されています。眼下に大久野島、芸予諸島、更には四国連山を一望でき、山頂にある観音堂は天平年間(730)僧行基の創建と伝えられているそうです。(まだ、登ったことがないなぁ)

忠海港からは30分ほどで大三島盛港に到着します。
画像は、多々羅大橋です。まだまだ雲が厚くカッパを着たまま、しまなみ海道で四国を目指します。


今治に上陸後、グーグルマップに従い、R196で松山へ、市街を抜けてからはR56で大洲を目指します。
途中、道の駅「なかやま」で小休止、ちょっと小腹も空いたところに、目についた「たこたこ焼」の張り紙に誘われ、たこ焼きをいただきました。 400円(だったと思う)と安価ながら、しっかりタコが入っていて、冷えた身体も温まりました。(ご馳走様でした)


愛媛県喜多郡内子町川中のR56沿いにある「目覚まし太郎」です。
設置されたのは1967年とのことです。
50年以上の長きに渡り、目の前を通る車などに安全を呼び掛けるサイレンを鳴らしているとのこと。
「睨み」も効かしているようです。(ご苦労様です)

たまたま見掛けた喜多郡内子町内子にある「郷之谷川枝垂れ桜」に立ち寄りました。(満開!)


大洲市内にやってきました。
ここでお昼御飯です。やって来たのは、大洲市田口にある「福ちゃんラーメン本店」です。
注文したのは、ラーメン大(@700)です。
あっさりとした醤油ラーメンで、スープは全部飲み干したい位、美味しかった。(飲み干したけど)
大洲ではラーメンの有名店とのこと。 (次回は、「鍋焼きラーメン(大)」に挑戦しよう。)
そうそう、注文したのは(大)でしたが、ボリューム満点でした!


お昼御飯を済ませて、やって来たのは大洲城です。
画像下、真ん中に見える天守は平成16年に復元されたものです。
また、右側は、台所櫓(だいどころやぐら)といい、安政6年(1895年)に再建されたもの。左側は、高欄櫓(こうらんやぐら)といい、万延元年(1860年)に再建されたものだそうです。
今回、大洲城に立ち寄ったのは、第3土曜日の14時から、大洲藩鉄砲隊の公開練習があるからです。

14時、定刻になり公開練習が開始されました。(以下、鉄砲隊の皆さんは鉄砲隊のHP(←隊員紹介)でお顔も名前も掲載されているので♥で目隠しはしていません。)
はじめに見学する人達への注意事項が説明され、まずは鉄砲隊長による馬上筒による射撃訓練です。(爆音凄い!)



この日は、隊長以下4名による公開訓練でした。
使用している火縄銃は専ら幕末に製造されたもので本物です。当然に弾は入っていませんが、火薬を扱うこともあり、皆さん真剣な表情です。
ただ、ちょっと人数が少なくて寂しいので・・・4年前に訪問したときの画像をちょっとくわえます。↓



臨場感溢れる迫力と、凜々しい若武者振りの演舞を披露(←大洲藩鉄砲隊写真箱)してくれました。
また演舞を披露されるときに寄ってみたいものです。
大洲城を後にして、R197で三崎港を目指します。


画像は、西宇和郡伊方町二見「二見くるりん風の丘パーク」です。
振り返ると数多くの風車が回っていました。
それにしても、大きな構造物です下の画像でハンターカブと比べてみました。
近い将来、これら構造物が耐用期限を迎えたとき、ちゃんと解体・更新されるのだろうかと少し心配になります。
(あくまで、のぼうの私見です。)


15時30分、三崎港に無事に到着です。
ここで16時30分発のフェリーに乗船します。(九州上陸は17時40分の予定)
実は、お昼の便に乗船したかったのですが、天気予報と睨めっこしていたら乗船枠がなくなり、夕方の便になってしまいました。
大きなフェリーですが、1便で乗船できる二輪は5台です。
画像のとおり、指定した場所にしっかり固定する必要があり、場所と設備が5台分しかないということです。
週末や夏休みシーズンはなるべく早く予約した方が安心ですね。
さあ、いよいよ九州上陸です。
つづく・・・・。
広島(南部)では桜が8分咲きから満開というところでしょうか。
この週末に天気が良ければ、桜巡りも良いなぁと空を仰いで思案しているところです。
さて、ちょっと前になりますが、3月18日(土)から20日(月)の2泊3日で、愛媛三崎港から大分佐賀関経由で九州阿蘇・熊本に行ってきました。

3月18日(土)、いつもなら忠海港7時30分発フェリーを利用しているのですが、この日は前日夜からの雨がまだ残っていたので
1便遅らせて、8時30分のフェリーで大三島盛港に渡ることに。 カッパを着込んで出発しました。


忠海港の待合所です。 年々しかし続けており、小洒落た建物になっています。
下の画像は、待合所全景と標高266mの黒滝山です。
黒滝山には観音堂や33体の石仏があり登山遊歩道が整備されています。眼下に大久野島、芸予諸島、更には四国連山を一望でき、山頂にある観音堂は天平年間(730)僧行基の創建と伝えられているそうです。(まだ、登ったことがないなぁ)

忠海港からは30分ほどで大三島盛港に到着します。
画像は、多々羅大橋です。まだまだ雲が厚くカッパを着たまま、しまなみ海道で四国を目指します。


今治に上陸後、グーグルマップに従い、R196で松山へ、市街を抜けてからはR56で大洲を目指します。
途中、道の駅「なかやま」で小休止、ちょっと小腹も空いたところに、目についた「たこたこ焼」の張り紙に誘われ、たこ焼きをいただきました。 400円(だったと思う)と安価ながら、しっかりタコが入っていて、冷えた身体も温まりました。(ご馳走様でした)


愛媛県喜多郡内子町川中のR56沿いにある「目覚まし太郎」です。
設置されたのは1967年とのことです。
50年以上の長きに渡り、目の前を通る車などに安全を呼び掛けるサイレンを鳴らしているとのこと。
「睨み」も効かしているようです。(ご苦労様です)

たまたま見掛けた喜多郡内子町内子にある「郷之谷川枝垂れ桜」に立ち寄りました。(満開!)


大洲市内にやってきました。
ここでお昼御飯です。やって来たのは、大洲市田口にある「福ちゃんラーメン本店」です。
注文したのは、ラーメン大(@700)です。
あっさりとした醤油ラーメンで、スープは全部飲み干したい位、美味しかった。(飲み干したけど)
大洲ではラーメンの有名店とのこと。 (次回は、「鍋焼きラーメン(大)」に挑戦しよう。)
そうそう、注文したのは(大)でしたが、ボリューム満点でした!


お昼御飯を済ませて、やって来たのは大洲城です。
画像下、真ん中に見える天守は平成16年に復元されたものです。
また、右側は、台所櫓(だいどころやぐら)といい、安政6年(1895年)に再建されたもの。左側は、高欄櫓(こうらんやぐら)といい、万延元年(1860年)に再建されたものだそうです。
今回、大洲城に立ち寄ったのは、第3土曜日の14時から、大洲藩鉄砲隊の公開練習があるからです。

14時、定刻になり公開練習が開始されました。(以下、鉄砲隊の皆さんは鉄砲隊のHP(←隊員紹介)でお顔も名前も掲載されているので♥で目隠しはしていません。)
はじめに見学する人達への注意事項が説明され、まずは鉄砲隊長による馬上筒による射撃訓練です。(爆音凄い!)



この日は、隊長以下4名による公開訓練でした。
使用している火縄銃は専ら幕末に製造されたもので本物です。当然に弾は入っていませんが、火薬を扱うこともあり、皆さん真剣な表情です。
ただ、ちょっと人数が少なくて寂しいので・・・4年前に訪問したときの画像をちょっとくわえます。↓



臨場感溢れる迫力と、凜々しい若武者振りの演舞を披露(←大洲藩鉄砲隊写真箱)してくれました。
また演舞を披露されるときに寄ってみたいものです。
大洲城を後にして、R197で三崎港を目指します。


画像は、西宇和郡伊方町二見「二見くるりん風の丘パーク」です。
振り返ると数多くの風車が回っていました。
それにしても、大きな構造物です下の画像でハンターカブと比べてみました。
近い将来、これら構造物が耐用期限を迎えたとき、ちゃんと解体・更新されるのだろうかと少し心配になります。
(あくまで、のぼうの私見です。)


15時30分、三崎港に無事に到着です。
ここで16時30分発のフェリーに乗船します。(九州上陸は17時40分の予定)
実は、お昼の便に乗船したかったのですが、天気予報と睨めっこしていたら乗船枠がなくなり、夕方の便になってしまいました。
大きなフェリーですが、1便で乗船できる二輪は5台です。
画像のとおり、指定した場所にしっかり固定する必要があり、場所と設備が5台分しかないということです。
週末や夏休みシーズンはなるべく早く予約した方が安心ですね。
さあ、いよいよ九州上陸です。
つづく・・・・。
スポンサーサイト