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島旅 ~小豆島と桃太郎伝説(後編)~

 こんにちは! のぼうです。

 すっかり間延びしてしまった島旅ですが、やっと後編です。
 小豆島2日目の島旅を終えた6月23日(日)、土庄港から新岡山港へ、この日は岡山市内でもう一泊を予定。

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 この日の宿は市内のビジホ、チェックインする前に岡山城を散策。
 宇喜多秀家が岡山城の象徴に建築した三層六階建ての望楼形天守閣は、昭和20年の空襲で焼失しましたが、昭和41年に再建されました。黒い下見板張りの外観から別名は烏城(うじょう)、金烏城(きんうじょう)と呼ばれているそうです。

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 宇喜多秀家築城時の天守閣の祖石(移動して再現したもの)と石垣です。
 その他にも築城時の櫓が二棟残っており、当時の築城技術を垣間見ることができます。

 翌6月24日(月)、桃太郎伝説ゆかりの吉備路を巡ることに。

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 三備一宮 吉備津神社です。
 吉備津神社は、大吉備津彦大神を主祭神とする山陽道屈指の大社。大吉備津彦大神は、記紀によれば、崇神朝四道将軍の随一として、この地方の賊徒を平定して平和と秩序を築き、今日の吉備文化の基礎を造られたとされているそうです。
 現在の本殿は、1425年に落成したもので国宝に指定されています。

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 1579年に再建された全長360mぶ及ぶ回廊です。境内をアジサイが色鮮やかに飾っていました。

 大吉備津彦命の温羅退治の伝説神話の大筋は次のとおり(HPから拝借)
 「むかしむかし異国よりこの吉備国に空をとんでやってきた者がおりました。名を温羅(うら)といい、目は狼のように爛々と 輝き、髪は赤々と燃えるが如く、そして身長は一丈四尺にもおよび腕力は人並みはずれて強く、性格は荒々しく凶悪そのものでありました。温羅は新山に城を築 き都へ向かう船や婦女子を襲っていたので、人々は温羅の居城を鬼の城と呼び恐れおののいていました。そこで都から武勇の誉れ高い五十狭芹彦命が派遣されることになり、大軍を率いて吉備国に下って来られた命は吉備の中山に陣を敷き、片岡山に石盾を築きました。
 ついに命は温羅と戦うことになりましたが、不思議なことに命が射た矢と温羅が投げた石が悉く空中で衝突し海に落ちてしまい苦戦を強いられることとなりま す。そこで命は考えをめぐらし一度に二矢を射ることができる強弓を準備させ、一度に二つの矢を射ることにしました。すると、一つの矢はいつものように海に 落ちてしまいますが、もう一つの矢はみごとに温羅の左目に突き刺さりました。温羅は驚愕し雉に姿を変え山中に逃げますが、命はたちまち鷹となって追いかけ ます。温羅は命に捕まりそうになると、今度は鯉に姿を変え、自分の左目から迸った血で川となった血吸川に逃げ込みます。命は鵜に変化し血吸川を逃げる温羅 を見つけ噛み上げついに捕まえることに成功します。捕まった温羅は命に降参して、人民から呼ばれていた吉備冠者を命に献上したので、これ以降命は吉備津彦 命と呼ばれることとなりました。」

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 「鯉喰神社」です。
 神話の中にもあります。鯉に化けた温羅を吉備津彦命が鵜になって喰らいつき捕らえた伝説が残る神社です。
 
 神社の境内にある「無事かえる獅子」です。盗難にあったものの無事に帰ったそうです。  

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プロフィール

のぼう

Author:のぼう
のぼうは、広島県東広島市在住の親父ライダーです。
Vストローム650XT(2018年式)とクロスカブを駆って、もっぱら中国・四国地方を走っています。有名でないけど景色の良いところ、走って楽しい道、美味しいランチを紹介できればと思います。

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